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「女性だからです」と上野千鶴子さんと自らの偏見と

某業種の集まりがあるのですが、いつも夜なのでなかなか行けなくて、「この会を変えなければいけないから、それでも来てください」と何度か言われておりました。

「なぜ、どういうところで私に期待してくださるのですか」と言うと、「女性だからです」と。

何の気なしにおっしゃったんだと思いますが、最近結構がっかりしたことです。「一番に出るのがそれか…」と。女性には、努力してなったわけではないですしね。

 

そんなところに上野千鶴子さんの東大入学式での祝辞が話題になって、「自分の能力を自分が勝ち抜くためだけに使わないで」という部分など、スクリーンショットがSNSで出回っているあたりにも感銘を受けましたが、全文を読んで「20年前と、あまり変わっていないところもたくさんあるんだな」と思いました。

 

あからさまな性差別が横行しているというのもそうですが、いまだ「フェミニズムは女が男のようにふるまいたいとか弱者が強者になりたいというものではない」という部分。

学生のとき、上野千鶴子さんの本も参考にしてジェンダーをテーマに卒論を書きました。そんな折、バイト仲間の男性に「女は損してるって言うけど、女ばっかりいつも得してるじゃないか」と言われてケンカした覚えがあります。「いやジェンダーとフェミニズムは違うし、フェミニズムはそうじゃないし」と。

いまだに世間でそう思われているから祝辞でもおっしゃるんだと思うので、そう簡単には変わらないんだなと。男も女もつくられていて、どっちも楽になるようにしようよというのがジェンダー研究の目的だと私は思っていました。自分もまだまだ、そういう観点では自分に足かせをしているところはあって、性差も含めいろいろなこだわりを捨てて、とことんやりたいことをして生きていくのが普通になるといいなと思います。

 

そういえば今日、某ケーキ屋さんに行ったんですが、いつも無愛想な店員さんが「これ美味しいから食べてみてください」とクッキーをくれたんです。

店員さんがもっと愛想が良かったらもっといいお店になるのになーなどと思っていたのですが、別に愛想は良くなくても印象は良くできるんだなと(ものをもらったからというわけでもないですが…)。

それがまた、上野千鶴子さんの祝辞の、「弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想がフェミニズム」という部分にふとつながりました。

女性がどうというのもそうですけど、「お店は愛想がよくなければならない」とか、「地域は盛り上げていくべきものだ」とか、現状を変えなければいけないんだというのが自分のイメージの押し付けであったり、私がどうこうすることではないんだなと思ったのです。

お店はそのお店なりの魅力を、お店なりの方法で出している。地域を盛り上げるのは行政と行政のお手伝いをする立場の団体だったりする。弊社は、発行媒体や制作媒体にそれらの魅力をそのまま載せればいいだけなんですよね。

そのお店の売り上げすら、媒体によって上げていかなければならない、だったら、こういうお店になっていただいた方がいい。

そんなことまで踏み込んで考えていたんですよね。だいぶ画一的な押し付けをしていたなと、我ながらぞっとしています。

 

冒頭、「女性だからです」と言われて「は?」と思っている節をご覧に入れましたけれども、私もなかなか偏見に満ちているじゃないかと情けなくなりました。

 

「そんな思い込みもするさ」と自分を許すのならば、「女性だから雰囲気が変えられるだろう」というお気持ちも許さなければいけないよなと、ここまで思わせてくれる上野千鶴子さんは20年前と変わらず気づきを与えてくれます。

 

原田あやめ

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